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続・幕末の京都、龍馬縁の地を訪ねて (2010年05月21日)

昨日に続き、龍馬縁の地をもう一件、こんな石標もありました。
坂本龍馬 お龍「結婚式場」跡 (東山区三条通白川橋東入南側 )
三条通、ウェスティン都ホテルから西(市内方向)へ進みますと、神宮道交差点と東山三条との中間あたりの東山ユースホステル前に「坂本龍馬 お龍「結婚式場」跡」という碑があります。その前を若いカップルが、’へぇ~、ちょっと見て見て、ここ龍馬はんとお龍さんが結婚しはった跡やてぇ~、ホント?’などと言いながら通り過ぎて行きます。石標の副石標文によりますと、この付近は、かつて青蓮院の旧境内(現在の境内はこの手前東側の神宮道を南へ少し下った所)で、その塔頭金蔵寺跡だったようです。坂本龍馬とお龍さんはこの本堂で1864(元治1)年8月に金蔵寺住職智足院の仲人により「内祝言」をしていたとなっています。これは、1906(明治39)年まで生存していたお龍さんの回想の聴取り調査により明らかになっているとのことです。我々、常識的には、1866(慶応2)年1月の旅籠寺田屋による龍馬襲撃事件のあと、お龍さんの献身的介護により負傷が癒えた後、西郷吉之助らの媒酌で夫婦の契りを結んだように思っておりましたが。それより2年も前に夫婦になっていたことになります。龍馬が寺田屋に投宿していた時は、お龍さんは寺田屋で奉公していた宿娘ではなく、龍馬の嫁さんだったことになります。
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by fushimi_no_occhan | 2010-05-21 10:18


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