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京のもみじ路2009 (山科 勧修寺 宸殿前庭園、氷室池周辺の紅葉)(2009年11月30日)

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毎年、桜の時期花菖蒲の季節で取上げていますが、恐らく紅葉の時期は初めてのご案内になろうかと思います。ここ山科盆地の中央、やや西よりある真言宗山階派の大本山、亀甲山と号す勧修寺さんの宸殿前庭園、氷室池周辺の紅葉です。
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by fushimi_no_occhan | 2009-11-30 21:02

京のもみじ路2009 (東山 東福寺 通天橋の紅葉)(2009年11月29日)

毎年の事ながら、この時期の東福寺さんの人出は半端じゃありません。土日平日関係なく、連日物凄いもみじ狩りのお客さんです。今年の紅葉も昨年同様大変美しく色付いていますが。今年も、京都ではお蔭様で台風の直撃が無く、樹木が傷まずに紅葉の時期を迎えたためでしょう。台風どころか、強い風は木枯らし1号があった程度で、今秋は連日無風の状態が続いています。このため葉落としに有効な風が吹きません。多くの落葉の葉っぱが途中の葉っぱの上でひっかかったままで、そこで枯葉になってしまっています。従って紅葉の発色を逆光で見ると、真紅の紅葉の所々に枯葉が黒い斑点になっており、せっかくの色付きが台無しの木もありました。
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by fushimi_no_occhan | 2009-11-29 23:49

京のもみじ路2009 (東山 東福寺塔頭光明院「波心庭」の紅葉)(2009年11月28日)

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突然の所要が発生し、伏見ぶろぐ処をしばらくお休みをいただいておりました。伏見に戻ってきましたので再開したいと思います。お休みをいただいている間、京のもみじ路は既に本番ピークから終盤に差し掛かってきました。
再開一番で取上げますのは、東福寺塔頭寺院の一つ、で本坊境内の南端の六波羅門を出て、南への道沿いにある塔頭4ヶ寺の北側から二つ目の公開されている塔頭寺院では最も南にある光明院さんです。ここの有名な昭和の名庭といわれている重森三玲作庭の石庭「波心庭」の紅葉のご案内です。今回掲載します画像はこの11月で3回目の拝観でやっと気に入った色付きになった時のものです。
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by fushimi_no_occhan | 2009-11-28 10:41

京のもみじ路2009 (東山 泉涌寺(御寺)御座所庭園の紅葉)(2009年11月19日)

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東福寺さんからさらに北東の東山連峰の南端、月輪山麓に今も清らかな涌き水が湧き出しているところに、天長年間に弘法大師空海が庵を結んだ事に由来する、真言宗泉涌寺派大本山、歴代皇族の位牌をお祀りし、日本で唯一「御寺」と呼ばれる皇室の菩堤所として特異な、格調高い法域を寺域とする泉涌寺さんがあります。その本坊内の御座所庭園の紅葉です。この庭園は格調高く気品があり、お気に入りの庭園の一つです。今年は拝観の時期的なタイミングが悪かったのか、例年のようなハッと息を呑むような紅葉の発色が少し無かったような気がします。
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by fushimi_no_occhan | 2009-11-19 22:02

京のもみじ路2009 (東山 東福寺塔頭 最勝金剛院の紅葉)(2009年11月18日)

只今の時期、紅葉の名刹、東山区本町にある臨済宗東福寺派大本山 東福寺さん朝から紅葉狩りの参拝客で身動きが取れません。超有名なスポット、境内紅葉の谷に架かる通天橋を遠望する一番西側の臥雲橋では写真を撮る人、通行する人などなどで押すな、押すなの状態でした。・ ・ ・ が、肝心の通天橋の紅葉の色付きは、見頃はまだもう少し先という状態でした。・ ・ ・ で、今回のところは、通天橋でない紅葉のスポットへ行くことにしました。東福寺さんは今もれっきとした禅の修業が行われている禅宗の大本山、本坊伽藍では桜や紅葉などまったく関係無く季節感などありません。しかし境内周辺には、先の通天橋付近の他に、境内仏殿の東側にある塔頭寺院の一つ、最勝金剛院(東福寺の境内に在りながら、行政区が別で、住所は、伏見区深草車坂町)さんの墓地も、紅葉のスポットです。最勝金剛院さんは、公家の最高家格である五摂家の一つ、九条家一族の菩提所として中央の八角堂九条兼実の霊廟をはじめ、一族の墓所として、1971(昭和46)年に旧地に近いこの地に再興された東福寺の特別由緒寺院です。ここは東福寺西側の通天橋付近の喧騒とはまったく対照的で、これが同じ境内かと思われるような静かな所です。
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以下三枚の画像は11月14日の通天橋の様子です。
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by fushimi_no_occhan | 2009-11-18 23:28

京のもみじ路2009 (嵯峨野 常寂光時の紅葉)(2009年11月17日)

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嵯峨野路逍遥の入口に当る日蓮宗の常寂光寺さんへ戻ってきました。ここは平安時代に小倉百人一首を取りまとめた藤原定家の山荘「時雨亭」があったと伝わているところ。山号はずばり小倉山で、境内は百人一首で詠まれる小倉山の中腹の斜面にあって、シーズン最盛期は全山紅葉に包まれるお寺さんですが、特色は山門、仁王門付近の麓側、仁王門を潜り石段を登った所の本堂付近、さらにそこから登った小倉山中腹にある桧皮葺の多宝塔(重文)付近で、その標高差や微妙な日当たりの加減で、いろいろな色付きの風情を楽しむことが出来ることです。仁王門付近では緑、紅のグラデーションが素晴らしい時期、多宝塔付近は既に全てが真紅に染まっています。また仁王門付近が真紅に染まる頃は、多宝塔付近は散りが始まり、散紅葉を楽しむことが出来るなど一つのお寺さんの境内でいろいろな紅葉の風情を同時に楽しむことが出来ます。さて今年はどないなんかな?。
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by fushimi_no_occhan | 2009-11-17 10:51

京のもみじ路2009 (嵯峨野 二尊院の紅葉)(2009年11月16日)

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祇王寺から愛宕古道を南下しますと、道は緩やかなカーブで左折します(その先は清涼寺となります)が、その角を左折しないで、丁字路をさらに南下しますと程なく右手、右京区嵯峨ニ尊院門前長神町の道路に面して豪壮な武家屋敷門を構える天台宗の小倉山と号す、嵯峨野では屈指の紅葉の名所でもある、ニ尊院(正式名称はニ尊院華台寺)さんがあります。この総門は角倉了以が伏見城の薬医門を移築したものとされてい門で、これを潜ると小倉山の山麓まで延びる長い参道があります。この参道は「紅葉の馬場」といわれもみじトンネルで、この「紅葉の馬場」を行き着くと再び築地塀があり、その先の境内に本堂があります。本尊は一対二体の如来像、木造釈迦如来立像と阿弥陀如来立像が安置されていますが、これが二尊院の名の由来となっているとのことです。本堂横の弁財天堂と鐘楼の間に、小倉山への急峻な石段があり、登り詰めると法然上人廟がります。その途中も、さらにその上にも階段状の墓地が広がっています。この墓地はとてつもない高貴な方たちの墓地で、二尊院はかつては御所の御黒戸四ヶ寺の一つとして、朝廷の仏事一切を取仕切る寺院であったことから、朝廷との縁が深く、このため土御門天皇、後嵯峨天皇、亀山天皇の分骨を安置する三帝陵や嵯峨家(旧正親町三条家)、二条家、三条西家、四条家、鷹司家などの公家衆の墓がびっしりと並んでいます。また伊藤仁斎、東涯父子や角倉了以、素庵父子の墓、さらにはかつての時代劇俳優坂東妻三郎の墓などが並んでいます。この墓地には真紅の色付きのもみじがそこかしこに点在しています。
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by fushimi_no_occhan | 2009-11-16 22:36

京のもみじ路2009 (嵯峨野 祇王寺の紅葉)(2009年11月15日)

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後亀玉天皇嵯峨小倉陵から愛宕古道をもう一本南の西へ反れる坂道を上り詰めたところ、右京区嵯峨鳥居本小坂にある祇王寺は、もともと法然の高弟良鎮によって創建された往生院、後に廃寺となったその境内に残る、平家物語に登場する平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王と仏御前の墓が旧地頭大覚寺によって管理されていたことで、明治に入って大覚寺が祇王寺の再興を計画されます。この事情を聞いた時の京都府知事、北垣国道(琵琶湖疏水開削プロジェクトの総責任者)が嵯峨にある知事の別荘の一棟を寄進され、ささやかながらも茅葺の庵を寺とし、1895(明治28)年に再興を果したものです。現在、大覚寺の塔頭寺院の一つで、真言宗大覚寺派の高松山往生院祇王寺と号す尼寺です。仏間には本尊大日如来坐像を中心に、両脇には平清盛、祇王、祇女姉妹、母刃自、もう一人の女性仏御前らの坐像が安置されています。その反対側の控えの間には影が虹の色で現れると言う大型の丸窓吉野窓があります。庵の玄関脇の片隅に祇王らの宝筐印塔、清盛の供養塔があります。やはり此方も山懐で日当たりが悪く、境内前庭の紅葉は全体的にはまだ緑優勢でしたが、木々の先端だけは色付きが始まっており、午後の日差しを通し、逆光でみる紅葉の発色がなんとも印象深い輝きです。
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by fushimi_no_occhan | 2009-11-15 22:56

京のもみじ路2009 (嵯峨野 奥嵯峨野の紅葉のある風景点描)(2009年11月14日)

奥嵯峨の紅葉のある風景を求めて嵯峨天皇嵯峨山上陵から後亀山天皇嵯峨小倉陵のある愛宕古道の中程まで散策しました。藁葺き屋根の代表的な農村風景から超弩級のお屋敷の塀の上に覆い被さるような真紅に色付いたもみじの大木など奥嵯峨ならではの風景を満喫してきました。
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後亀山天皇嵯峨小倉陵
後亀山天皇(1347-1424)は南北朝時代の南朝最後の第4代天皇でしたが、明治になって、明治天皇が日本国正統の天皇は南朝系とする旨の勅旨により、歴代天皇として認定され第99代後亀玉天皇となられています。その陵は嵯峨鳥居本小坂町にある嵯峨小倉陵です。場所は、この時期観光客がひっきりなしに行きかう、嵯峨観光のメインストリート愛宕古道から西へ反れた山道の途中で、愛宕古道とは対照的に人影の無い静かなところにあります。
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by fushimi_no_occhan | 2009-11-14 20:43

京のもみじ路2009 (嵯峨野 大覚寺、大沢池畔、嵯峨天皇嵯峨山陵の紅葉)(2009年11月13日)

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真言宗大覚寺派大本山、大覚寺門跡さん、元々は平安初期に嵯峨天皇が、ここ嵯峨野に造営された離宮、旧嵯峨御所です。その造営に当たり、中国の洞庭湖を模した「庭湖」と呼ばれる日本最古の人工池(林泉 大沢池)を中心とした庭園が離宮東側に併設され、周辺の山や樹木の配置など、池を取り巻く背景を巧みに組み入れられ、天皇はここに大陸風の龍頭船、鷁首船などを浮かべて都の文化人と共に四季折々、風雅に遊興されたと云われています。特に初秋の観月会は有名ですが、その大沢池畔の木々も色づき、春の桜、新緑、観月、とはまた違った、かつての平安の風雅な情景が現れています。
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大覚寺宮墓地
大覚寺の境内の北方、直指庵への道中の途中に、大覚寺宮墓地という宮内庁監理の小さな墓地があります。これはかつて大覚寺(旧嵯峨御所)に係わった後水尾天皇皇子性真親王をはじめ、多くの皇子女の墓石が所狭しと並んでいました。
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嵯峨天皇嵯峨山上陵
そして大覚寺宮墓地の北西の方向にある小高い山の山頂には大覚寺の前身である嵯峨御所を精力的に造営した第52代嵯峨天皇(786-842)の嵯峨山上陵があります。山上陵までの参道は片道15分ほどの急勾配でジグザグの険しい山道ですが、背後は登るにつれて広がる京都市内の遠望が美しく、弾んだ息を癒してくれます。今いた大覚寺の大沢の池、その畔の多宝塔が手に取るように見渡せます。またその上部には、秋の曼珠紗華が美しい広沢池が見え、さらにその上部には京都タワーまで一望すことが出来ました。
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by fushimi_no_occhan | 2009-11-13 22:58