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京のもみじ路2009 (嵯峨野 落柿舎 )(2009年10月31日)

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既に秋本番を迎えている嵯峨野路、その入口となる右京区嵯峨小倉山緋明神町にある落柿舎、俳句の巨匠松尾芭蕉の弟子、江戸前期の俳諧師で蕉門十哲の一人とされる向井去来(1651-1704)の縁の庵を訪ねました。庭の柿がたわわに実り、古色蒼然とした茅葺の庵の風情は、ここ嵯峨野路を代表する秋の風景の一つでしょう。かつてこの付近にあった、もともとの家の周囲には40本ほどの柿の木があったといいます、商人が庭の柿を買取、代金を置いて帰ったが、その夜の嵐で柿が全て落ちてしまったことが、この庵の名前の由来とされています。 「柿ぬしや木ずゑは近きあらしやま」 (去来)。 1691(元禄4)年の一時期、去来の師匠である芭蕉が滞在して嵯峨日記を著したとされています。 「五月雨や色紙へぎたる壁の跡」 (芭蕉)。庵の門を潜った正面に蓑と笠が掛けられていますが、これは、主人の在宅を知らせる目印としていたようです。去来の没後、庵は廃墟となっていました。現在ある落柿舎は1895(明治28)年に天龍寺塔頭寺院の弘源寺の住持の隠棲所として使われていた旧捨庵を地元の人たちが買受け落柿舎として復興されたと言うものです。落柿舎の前に広がる畑は、嵯峨野路の風景を保存維持していく特別風致地区のために、京都市が借上げ、委託農家が耕作を行っています。去来の墓(遺髪塚?)は、嵯峨野路を少し北へ行った、落柿舎の裏側にある弘源寺の墓苑の一角に、えっ、これがお墓なのと思われるような、申し訳程度の目印的な墓石があります(正墓は左京区の真如堂にあります)。
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by fushimi_no_occhan | 2009-10-31 10:09

秋色探し 秋色点描 (伏見 北堀公園&伏見桃山城 )(2009年10月30日)

昨日に続き、北堀公園&伏見桃山城です。途中、植物のホトトギス(杜鵑草 ユリ科)の花に出会いました。空を飛ぶ渡鳥のホトトギス(不如帰)は子育てをせず、ウグイス等に托卵することや、泣き声が’東京特許許可局(トウキョウトッキョキョカキョク)’とけたたましく鳴くことでよく知られていますが、それは、俳句の季語や、童謡「夏は来ぬ」(’♪~卯の花の匂う垣根にホトトギス早も来鳴きて忍び音もらす夏は来ぬ~♪’)にもあるように、梅雨時前の初夏の代表的な鳥です。が、植物のホトトギスの季語は秋のようで、いまどきの花だったんです。出会っても、特に異変だとかではなく、不思議ではないことなので安心しました。
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by fushimi_no_occhan | 2009-10-30 10:27

秋色探し 秋色点描 (伏見 北堀公園&伏見桃山城 )(2009年10月29日)

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はや10月も終わりに近づいてきました。秋色探しは、わざわざ探さずとも周囲はその色になってきました。マイウォーキングコースの北堀公園&伏見桃山城周辺の木々の葉っぱも色づきました。その点描です。11月に入ると京都もいよいよ秋本番を迎えます。今年の紅葉はどないなんかな?。
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by fushimi_no_occhan | 2009-10-29 10:06

踏切と地蔵堂 (伏見 摂取院 「腹帯地蔵」 )(2009年10月28日)

「ぬりこべ地蔵」さんから、最近判った、’カーナビの御指示どおり’一直線に坂を下れば、何のことは無い、麓の本町通(深草直違橋11丁目付近)にいとも簡単にでました(今までは戻りもお稲荷さんを経由していました)。その角には1608(慶長13)年に建立の浄土宗の光明山と号す摂取院さんがあります。お寺さんの直ぐ北にJR奈良線の稲荷駅が見えます。お寺さんの門前の本町通はここでは深草直違橋通と名前を変え、その11丁目付近になりますが、この地点より北、七条方面へはJR奈良線の東側を走ります。反対に南、伏見方面へはJR奈良線の西側を走ります。すなわちお寺さんの門前でJR奈良線と交差し、線路を跨ぐ踏切が地蔵堂の前ギリギリにあります。お堂の前には「腹帯地蔵尊」という石標と1844(天保15)年の銘のある常夜灯があります。堂内安置の御本尊腹帯地蔵尊(正式には「安産服帯子安地蔵尊」)の半丈六の地蔵菩薩坐像が平安末期の寄木造りであることが1990(平成2)年の解体修理時、墨書が発見されその銘文から判明したとのことで、これからは重要文化財の扱いが予定されているとのことです。お堂の壁にはそのような趣旨の掲示物がありす。半丈六の仏像と言っていますが、身の丈1m強のお地蔵さんです。普段は非公開ですが、8月終わりの地蔵盆の日にはお堂の格子が開扉され拝観出来るそうです。ここも時期外れに来ました。
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腹帯地蔵と言う事で当然安産守護の御利益がありますが、京都には他にも腹帯地蔵さんがおられます。旧奈良街道醍醐寺と六地蔵の中間あたりにある、善願寺の「腹帯地蔵」、右京区太秦の広隆寺境内地蔵堂の「腹帯地蔵」菩薩などがあります。
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by fushimi_no_occhan | 2009-10-28 10:12

歯痛平癒祈願のお地蔵様 (伏見 ぬりこべ地蔵 )(2009年10月27日)

今回、お稲荷さんへはマイカーでなく、徒歩にしましたので、抜穂祭のあと、少し周辺を散策しました。場所的にも、お堂の規模からも、相当マイナーなお地蔵さんですが、実は全国的に知られている、イヤ 知る人ぞ知るかな?。少なくとも京都人は大体知っているという、実力派としてはメジャーなお地蔵さんが、このお稲荷さんの南東の深草霊園の手前、稲荷山中腹の西面にある有野山墓地の入口付近にある「ぬりこべ地蔵」さんです。このお地蔵さんは体の至る所の病、痛みの平癒に御利益があるそうで、特に歯痛平癒のお願いには抜群の実力を発揮されるとかで、地元は勿論、全国からお参りがあるとか。このお地蔵さんのある位置の説明は大変難しく、ただ、お稲荷さんの楼門を潜ると右手に、東丸神社がありますが、その横の路地を行くと辿りつけるとだけにしておきます(実際はそんなに難しくなく、麓の本町通(深草直違橋11丁目付近)にある摂取院さんの横の路地を真東へ一本道でいけます。最近カーナビで判りました)。お地蔵さんの「ぬりこべ」の意味や、由来については先刻ご承知と思いますので省略しますが、6月4日の虫歯予防デーには「歯供養」が営まれるそうです。時期外れに来ました。お地蔵さんの前に広がる有野山墓地には、旧軍隊の戦没者のお墓がかなり多くあるのに気がつきます。それは先の大戦で戦没された伏見稲荷地区の英霊の墓地と言うことでした。「ぬりこべ地蔵」と反対側の路傍のお地蔵さんの横にそれを示す「慰霊」と刻んだ標石がありました。
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by fushimi_no_occhan | 2009-10-27 10:15

神田の稲の刈取り神事「抜穂祭」 (伏見 伏見稲荷大社 )(2009年10月26日)

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農耕の神様を祀る全国のお稲荷さんの総元締め伏見稲荷大社では、秋の収穫に対する重要な神事、「神田」の稲の刈取りの神事「抜穂祭」が25日斎行されました。本殿祭の後、境内本殿左奥の稲荷山の麓にある樹木に囲まれた神田での稲刈り神事には、作業に先立ち神職が神田に降りられ修祓のあと、始めの合図で、菅笠姿の講の皆さんが神田に入り、鎌で稲を刈り取る神田の儀(抜穂の儀)が営まれました。神田の斎場では超スローの神楽の音色に合わせ、神楽女が舞踊「抜穂舞」を奉納される中、手際よく作業が進行します。やがて止めの合図で作業が中止、刈り取られた一束の稲穂を三方に乗せ、長持に収め、本殿に持ち帰り、収穫の報告の神事が行われます。収穫された神田の米は、11月23日の新嘗祭(勤労感謝の日)に神前にお供えされる他、一年を通して日々供饌されるご料米(御飯)として使用されるとのことです。神事の間、神社関係者とお話をしていましたが、この神田の面積はおよそ100坪で、毎年の収穫は、せいぜい3俵弱程度(現代の高密度栽培ではないとのこと)。肥料、農薬は使用せず、完全な自然栽培で、脱穀後の藁は一部は11月8日のお火焚祭の燃料として使用され、残りは刻んで神田の土に戻されるそうで、これが唯一の天然肥料だとか、収穫された米は理想的な自然食品だよと。春の苗代からこの刈取りまで全ては旧来の人力による農法だが、ただ田んぼの耕しは耕運機を使用し機械化していると言ってられました。
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by fushimi_no_occhan | 2009-10-26 10:46

ART OF FLAME 「鞍馬の火祭り」 (鞍馬 由岐神社 )(2009年10月25日)

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10月22日、洛中での時代祭りの行列が一段落したその夕刻、洛北の山奥、左京区の鞍馬の里では、鞍馬寺の鎮守社である由岐神社の例祭「鞍馬の火祭」が漆黒の夜空を焦がすがごとく勇壮に行われました。
京都の三大奇祭(今宮神社(やすらい祭)、広隆寺(牛祭)、由岐神社(鞍馬の火祭))といわれている祭りで、その由来は、940(天慶3)年朱雀天皇の勅案により、御所(内裏)に祀られていた由岐の明神様を平安京の北方の守護神として、都の災いを追い払い、安寧を保つため、その神霊を鞍馬山に遷される際、地元ではその遷宮の道中に篝火を焚き神霊をお迎えをした故事に因むものとされています。
日没後、鞍馬の里の上と下の集落から、締込み姿の氏子の人たちが、威勢のよい’サイレイヤ サイリョウ’の掛け声とともに、燃えさかる重さ約100kg、長さ4~5mにもなる大松明、その周囲に数本の小さな松明をかざしそれぞれの集落を練り歩き、最後に、叡山電車鞍馬駅前付近から鞍馬山中腹の鞍馬寺山門前に集結、その周囲は松明の明かりと、その熱気で、火祭の興奮は最高潮に達します。地元の方々にとっては古来1000余年、連綿と守り続けてきておられる大切な氏神様の祭礼、かつ地元の文化財ですが、我々よそ者の見物客にとっては、正直祭礼の趣旨は余り伝わってきません。しかし燃え盛る松明の炎は、当に火の芸術、炎の芸術とでも言えるようです。それはまた不動明王像の火焔後背とそっくりなのは、かつての仏師の観察力はすごいなぁ~、と変なところで関心していると、9時を過ぎました。いよいよ鞍馬寺山門前に幾本もの大松明が集結するメインイベントです。炎の熱気と押し合いへし合いの見物客の熱気、火の粉や灰を被りながらの見物はまさに圧巻です。それにしても今年の外人さんの見物客の多さににも驚きました。ザッと見て見物客の4割程は外人さんだったと思います。残念ながら、叡電、乗継の京阪の最終電車が気になり、最後まで見届けずに、後退しました。
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by fushimi_no_occhan | 2009-10-25 10:13

時代祭 時代行列 その後半 (京都御苑 )(2009年10月24日)

引続き後半は、吉野時代 楠公上洛列、中世婦人列の行列~平安神宮の祭礼行列の神幸列に続いて白川女献花列です。今年は各時代ごとの出発のタイムスケジュールが少し変で、その間隔にバラツキがあり、途中間延びしたところもありました。
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by fushimi_no_occhan | 2009-10-24 20:26

時代祭 時代行列 その前半 (京都御苑 )(2009年10月23日)

時代行列は定刻正午に、御所建礼門前を平安神宮に向けてのスタートです。行列の点描、その前半は行列の先陣を勤める綺麗どころに続き、知事、市長の乗る馬車の後、先頭は維新勤皇隊(山国勤王隊)の鼓笛隊の行進~2年前に登場、人気上昇中で新戦力になっている色鮮やかな装束の室町洛中風俗列までのご案内です。
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by fushimi_no_occhan | 2009-10-23 19:26

時代祭行在所祭 朝靄の中の平安神宮神幸列 (京都御所 建礼門前行在所 )(2009年10月22日)

10月22日は京都の誕生日、恒例の時代祭の日です。時代祭のスタートライン、京都御苑の御所建礼門前特設斎場の行在所に向って、行列前に執り行われる平安神宮の礼大祭である行在所祭へ2基の御鳳輦を中心とした神幸列が、午前9時に平安神宮を進発し10時頃、朝靄がまだ少し残る御苑砂利道を進みます。当然、既に装束は正規です。続いて、行列に必要な旗、幟、人名旗などは集団となり進みます。そしてしんがりは、時代行列では誉れ高き先頭を行く維新勤皇隊が、これも正規装束で、’♪~ ピーヒャラ ドンドンドン~♪’のおなじみ官軍マーチ(我国最初の軍隊行進曲)に合わせ、朝日を背に、まだ誰も座っていない有料観覧席を横目に、正規隊列で入場していきます。10時半からの行在所祭の神事が斎行され、正午からの時代行列の進発を待ちます。行列の参加者の皆さんは三々五々日陰で、これからの約4時間の行列のため、早くもは腹ごしらえをされていました。これらの風景は、通常の時代祭見物では見られません。早朝より御苑に詰めて到着を待ちます。そして行列の先頭の向きの後ろの背景は、正規時代行列と逆になっているのが面白い。
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by fushimi_no_occhan | 2009-10-22 16:07