<   2009年 04月 ( 51 )   > この月の画像一覧

曲水の宴 (伏見 城南宮 平安の庭 遣り水畔 ) (2009年04月30日)

c0119555_21964.jpg
昨日まで続いた肌寒く、時々時雨れる不順な天候から一転、久しぶりに太陽が眩しい初夏を思わせる清清しい天気のもと、ここ伏見竹田の城南宮さんでは、瑞々しい青葉若葉の木漏れ日が差し込む神苑平安の庭、遣り水畔で、春季恒例の「曲水の宴」が行われ、琴の演奏や舞楽演奏による今様歌に合せた白拍子の優雅な舞の披露のあと、平安王朝の公達、女房達の装束をした歌人が歌を短冊にしたためたあと、流れ来る羽觴(うしょう)で運ばれてきた杯を取るといった所作など、風雅な詠遊びが再現され、タイムスリップした一時を過ごしました。最後は詠まれた歌を神官たちが、宮中歌会始で見られるような朗詠で歌が披露され御開きとなります。
c0119555_2192678.jpg
c0119555_2194045.jpg
c0119555_2195387.jpg
c0119555_2110164.jpg
c0119555_2110862.jpg
c0119555_21101714.jpg
c0119555_21102597.jpg
c0119555_21103379.jpg
c0119555_21104064.jpg
c0119555_211633100.jpg
c0119555_21105869.jpg
c0119555_2111658.jpg
c0119555_21111334.jpg
c0119555_2111203.jpg
c0119555_21112857.jpg
c0119555_21113469.jpg
c0119555_21114359.jpg
c0119555_21115237.jpg
c0119555_2112082.jpg
c0119555_211296.jpg
この神苑南側の別庭、室町の庭、桃山の庭の躑躅が満開でした。
c0119555_2112309.jpg
c0119555_21123911.jpg
c0119555_21124775.jpg
c0119555_21125599.jpg
c0119555_2113227.jpg
c0119555_21131098.jpg
c0119555_21131717.jpg
c0119555_2113254.jpg

[PR]
by fushimi_no_occhan | 2009-04-30 11:06

極楽浄土の藤 (宇治 平等院 浄土式庭園の藤棚 ) (2009年04月30日)

c0119555_21295032.jpg
源氏物語「宇治十帖」の舞台、宇治の地、その中心的存在である藤原氏縁のお寺さん、山号を朝日山と号す単立の平等院さんでは、今、鳳凰堂前の平安期における代表的庭園、浄土庭園の藤棚の藤、躑躅が見頃を迎えています。
平等院は平安後期の1052(永承7)年関白藤原頼道によって開創。鳳凰堂(国宝)は1053(天喜1)年、本尊は仏師定朝作の阿弥陀如来坐像(国宝)を安置する阿弥陀堂として造営されたものです。
庭園は中島に鳳凰堂の建つ阿字池を中心とした浄土式庭園で1922(大正11)年に国の特別史跡名勝に指定されています。この池の周囲を回遊する鑑賞路と観音堂との間には藤棚の藤、躑躅が見頃になっています。
c0119555_2130575.jpg
c0119555_2130167.jpg
c0119555_2130282.jpg
c0119555_21304171.jpg
c0119555_21305913.jpg
c0119555_2131947.jpg
c0119555_21311843.jpg
c0119555_21314119.jpg
c0119555_21315059.jpg
c0119555_2132599.jpg
c0119555_21321863.jpg
c0119555_21322187.jpg
(上の画像は2008年10月の撮影)
c0119555_21322734.jpg
c0119555_21322941.jpg
c0119555_21323142.jpg
c0119555_21323362.jpg
c0119555_21323513.jpg
c0119555_2132372.jpg
c0119555_21323983.jpg

[PR]
by fushimi_no_occhan | 2009-04-30 10:28

鳥羽の藤 (鳥羽水環境保全センター藤棚 一般公開 ) (2009年04月29日)

c0119555_2231744.jpg
上鳥羽塔ノ森梅ノ木にある京都市上下水道局 鳥羽水環境保全センター(上鳥羽の下水処理場)、その広大な施設の構内東面一帯にあるセンターご自慢の「鳥羽の藤」として知られている藤棚の回廊が今年も一般公開されました。昨年と同じく開花が見頃の時期と、公開日が一致したようで、見事な藤棚でしたが、その下の柴桜が既に峠を過ぎ、散りだしており、藤棚の紫色と柴桜のピンク色の素晴らしいコントラストは残念ながら期待外れでした。また藤棚には昨年まで気が付きませんでしたが、白色の藤も咲いていました。案内要員の職員さんのお話では、この4月の前半が異常な高温であったせいで、柴桜の開花が早すぎ、また例年は一般公開が終わった後咲き出す遅咲きの白色の藤も紫色の藤といっしょに咲いてしまったのではないかとの説明でした。
c0119555_22312643.jpg
c0119555_22313696.jpg
c0119555_22314494.jpg
c0119555_22315283.jpg
c0119555_2232022.jpg
c0119555_2232824.jpg
c0119555_22321569.jpg
c0119555_22322465.jpg
c0119555_22323489.jpg
c0119555_22324684.jpg
c0119555_22325684.jpg
c0119555_2233419.jpg
c0119555_22331367.jpg

[PR]
by fushimi_no_occhan | 2009-04-29 11:28

石楠花 (宇治 京の花寺 三室戸寺の石楠花 ) (2009年04月29日)

c0119555_2163452.jpg
紫陽花寺としても知られている京の花寺、西国33所観音霊場巡り第10番札所の本山修験宗別格本山、明星山と号す三室戸寺さんは初夏を迎えるこの季節、石楠花の花が咲き誇ります。当寺の御本尊は秘仏の金銅千手観音立像(重文)で、1805(文化2)年に再建されたという重層入母屋造、正面唐破風構えの重厚な本堂内陣に安置されています。本堂直ぐ下の沢の法面の紫陽花園と沢を挟んだ反対側の法面が石楠花園になっており、深紅やピンク、白あるいは紅白斑の色とりどりの花をつけています。石楠花の花の一個一個は躑躅や皐月と同じようですが、それが十数個固まって一輪の花を構成しますから、一見大型の花のようで重厚な感じのする花です。石楠花園の下側は大規模な躑躅園になっています。ここでは躑躅が咲き出してはいましたが、満開の時期は大型連休後半のようです。躑躅が終わる頃、お寺さんの代名詞にもなっている紫陽花の開花が一斉に始まり、さらに盛夏の蓮の花へと繋がっていきます。
c0119555_216494.jpg
c0119555_2165769.jpg
c0119555_217497.jpg
c0119555_2171171.jpg
c0119555_217186.jpg
c0119555_2172544.jpg
c0119555_2173682.jpg
c0119555_217448.jpg
c0119555_2175599.jpg
c0119555_218313.jpg
c0119555_2181080.jpg
c0119555_2181746.jpg
c0119555_2182617.jpg
c0119555_2183832.jpg
c0119555_2184956.jpg
c0119555_2185751.jpg
c0119555_2195100.jpg
c0119555_2191354.jpg
c0119555_2192156.jpg
c0119555_2192851.jpg
c0119555_2193536.jpg
c0119555_2194313.jpg

[PR]
by fushimi_no_occhan | 2009-04-29 10:05

昭和の名庭「松風苑」 (西京 松尾大社の石庭 ) (2009年04月28日)

京都の東西を結ぶメインストリート四条通の西端、桂川に架かる松尾橋、阪急京都線の踏切を渡れば、すぐそこは松尾山の麓、大きな赤い鳥居の松尾大社(まつのおたいしゃ)さんです。松尾大社さんの社務所内にある「松風苑」という庭園は白砂、青苔に多数の巨石をアレンジした作庭師重森三玲作庭の昭和の名庭といわれている石庭です。この石庭は三つの庭に分かれていますが、いずれも大胆なアレンジで巨石を配した石庭ですが、三つそれぞれのテーマで作庭されておりその趣は全て異なっています。この三つの庭に配した巨石は徳島県吉野川の青石(緑泥片岩)と言われる石です。1974(昭和49)年着工、1975(昭和50)年の完成とのことです。三つの庭は上部から宝物殿に向かって右の「上古の庭」(磐座)、左側の「曲水の庭」(平安)それに場所は異なり最も下にある客殿の庭として「蓬莱の庭」(鎌倉)があります。
c0119555_23282150.jpg
c0119555_23284646.jpg
c0119555_2329730.jpg

拝観時いただいたパンフレットを引用しますと:
「上古の庭」
松尾山中の神蹟に因んで造られたもので、二神を表徴する二巨石を囲む岩石群の配置は森厳味溢れ、地上一面に植えられた丹波笹は高山の趣を表しています。
c0119555_23293968.jpg
c0119555_2330888.jpg

「曲水の庭」
当神社の最も栄えた平安期を表現するもので、御手洗川の清流は七曲りして丘麓を洗い、丘上には青石が点在してこれを見下す優雅にして華麗な姿です。
c0119555_233044100.jpg
c0119555_23315266.jpg
c0119555_23324246.jpg

「蓬莱の庭」
昔、中国の人が、東海中に不老不死の島有りと考えたのが蓬莱の島です。岩の間から噴出する水が鶴形の池に注ぐところ、多くの島が点在し、周囲を回遊しながら眺めると、仙境に遊ぶ感がするといわれています。
c0119555_23335158.jpg
c0119555_2334149.jpg
c0119555_23344348.jpg
c0119555_23352698.jpg

[PR]
by fushimi_no_occhan | 2009-04-28 10:24

山吹の社 (西京 酒造の神様 松尾大社の山吹 ) (2009年04月27日)

c0119555_22173199.jpg
京都の東西を結ぶメインストリート四条通の西端、桂川に架かる松尾橋、阪急京都線の踏切を渡れば、すぐそこは松尾山の麓、大きな赤い鳥居の松尾大社(まつのおたいしゃ)さんです。醸造の神様として名高く、この時期は境内一帯が山吹で覆われ、黄金色に染まるお宮さんです。式内社(名神大)、二十二社の一社で、旧社格は官幣大社。旧称松尾神社、1950(昭和25)年に松尾大社に改称。大山咋神と中津島姫命を御祭神として祀られています。
もともとこの地に縄張りを張った渡来人の秦氏の一族の守護神として、背後の松尾山(223m)の古社地といわれる山頂付近にある巨石を磐座として崇敬していたのが始まりで、701(大宝元)年に勅命により秦忌寸都理(はたのいみきとり)が現在地に社殿を造営し、磐座から神霊を移したとされています(現在、山頂付近の磐座への立入は関係者以外は禁止、山腹の遥拝所からの拝礼となります)。平安遷都以降、松尾神は平安京西側の皇城鎮護の社として、「賀茂の厳神、松尾の猛霊」と並び称されていました。また渡来人の秦氏は醸造のノウハウをもたらした事から醸造の祖神としても信仰され、境内奥の京の湧き水「亀の井」の水は酒造時に入れると酒が腐らないといわれ、現在も全国の蔵元から新酒の献酒、酒樽の奉納が行われています。この神社は、4月下旬頃境内を流れる一ノ井川沿いの山吹が有名で多くの参拝客で賑わいます。本殿は室町期の1397(応永11)年の造営で、屋根は前後両流造り(松尾造り)の構造(この様式は宗像大社、厳島神社と松尾大社の三社のみ 重文)。宝物館には、平安初期作の木造男神像 2躯、女神像 2躯(重文)が安置されています。社務所内の「松風苑」という庭園は白砂、青苔に多数の巨石をアレンジした作庭師重森三玲作庭の昭和の名庭といわれている石庭として有名です。
c0119555_22173852.jpg
c0119555_22174056.jpg
c0119555_22174341.jpg
c0119555_22174644.jpg
c0119555_2217488.jpg
c0119555_22175029.jpg
c0119555_22175215.jpg
c0119555_22175989.jpg
c0119555_2218652.jpg
c0119555_22181498.jpg
c0119555_22182218.jpg
c0119555_22183073.jpg
c0119555_22184120.jpg
c0119555_22184974.jpg
c0119555_2219097.jpg
c0119555_2219719.jpg
c0119555_22191518.jpg
c0119555_2219245.jpg
c0119555_2221953.jpg
c0119555_22212157.jpg
c0119555_22212987.jpg
c0119555_22213899.jpg
c0119555_222146100.jpg
c0119555_22215637.jpg
c0119555_2222326.jpg
当社は洛西地域の総氏神として広大な地域の氏子をもち、洛西の大祭「松尾祭」は、今年は4月26日に「神幸祭」、5月17日に「還幸祭」が行われ、大社を出た6基の神輿が桂離宮の東で桂川を渡る船渡御が千年の歴史を持っています。
なお、近年、京の四方と中央を守護する五つの社を巡る「五社巡り」(四神相応の京)が設定され、中央「平安神宮」を中心に、ちょうど東西南北に位置する大社、北から時計回りに、北の玄武「賀茂別雷神社」、東の蒼龍「八坂神社」、南の朱雀「城南宮」、それに西の白虎「松尾大社」を巡ると言うものです(平安神宮以外は全て平安遷都以前からの氏神(土産神)です)。
[PR]
by fushimi_no_occhan | 2009-04-27 10:14

PCで描いてみました (その7 京都御所 建礼門之圖、建春門之圖 ) (2009年04月26日)

’PCで描いてみました’<その7>は昨日一般公開で参観した京都御所の内裏への二つの門についてご案内します。一つは南に面した有名な建礼門ともう一つ、東に面した勅使門である建春門(日の御門)についてそれぞれ二例をご案内します。(画像は全て画像クリックで拡大がご覧いただけます)

建礼門之圖
内裏の南正面にあり、檜皮葺切妻造り屋根、角柱四脚門の構造です。築地塀の内側すぐ内郭の承明門と一直線上で北側に紫宸殿が位置する内裏の外郭門、京都御所では最も格付けの高い南面正門で天皇陛下の出入りに使用されていましたが、近年では国賓級外国元首も通られるようです。また現在、京都御所の一般公開時、入場門として使用される御所の西に面した門の一つ、宜秋門(公家門)もほぼ同一構造と思われます。
c0119555_13164569.jpg
c0119555_13165853.jpg
c0119555_1755340.jpg


建春門之圖
御所の東南角近く、東側に面してある門です。最近、屋根葺き替え、修復工事が完成し美しい容姿を取り戻した檜皮葺切妻造り、向唐波風付屋根(御所の門ではここ一ヶ所)、角柱四脚の構造です。面正門の建礼門とは屋根の構造が大きく異なりますが、それ以外は、寸法的にもほぼ同一の構造のようです。勅使専用の出入口で、外国の使節、通信士の参内拝謁時にも使用されていたとのことですが、明治以降は皇太子殿下、皇后陛下の出入口ともなっているようです。
c0119555_13171315.jpg
c0119555_13172212.jpg
c0119555_17552935.jpg

[PR]
by fushimi_no_occhan | 2009-04-26 10:15

京都御所一般公開 (天皇皇后両陛下御結婚満50年記念特別公開 ) (2009年04月25日)

c0119555_11592213.jpg
平成21年度春季の一般公開は例年の公開時期より半月ほど遅く、23日から、天皇皇后両陛下御結婚満50年記念事業の一環としてはじまりました。今回の公開は、例年の一般公開ルートの内裏の表にあたる宜秋門→紫宸殿→清涼殿→小御所→御学問所→御常御殿→御三間等のコースに加え,普段は非公開の内裏の奥(北側)にある皇后様や皇子女の日常の生活の場であった、皇后宮常御殿→飛香舎→修復工事が完成した朔平門→明治天皇が御幼少の頃過ごされた若宮、姫宮御殿等の特別公開ルートが設定されていました。この奥のルートの参観は初めてです。こちらは表の華麗な宮殿に比べ、普段の生活の場であったためでしょうか、少し控えめで地味な佇まいの印象を持ちました。今回の公開では従来からある宮廷装束の人形の展示のほか、表の新御車寄には、童話シンデレラ姫物語にも出てきそうな、1959(昭和34)年天皇皇后両陛下の御結婚の馬車列に使用された6頭立4頭曳の騎馭式4人乗儀装馬車の展示や、奥では玄輝門付近に源氏物語や5月の葵祭りではお馴染みの牛車(御所車)の実物展示がありました。
c0119555_11594338.jpg
c0119555_11595653.jpg
c0119555_120329.jpg
c0119555_1201044.jpg
c0119555_1201942.jpg
c0119555_1202688.jpg
c0119555_1203383.jpg
c0119555_1204130.jpg
c0119555_1205060.jpg
c0119555_1205832.jpg
c0119555_121563.jpg
c0119555_1211499.jpg
c0119555_1212322.jpg
c0119555_1213174.jpg
c0119555_1214067.jpg
c0119555_1214799.jpg
以下の画像は内裏の奥(北側)、皇后宮常御殿→飛香舎→玄輝門→朔平門→若宮、姫宮御殿等の特別公開ルートです。途中、飛香舎前には藤壺の藤棚の写真(実際は見えません)、玄輝門付近に牛車(御所車)の展示がありました。
c0119555_122976.jpg
c0119555_1222140.jpg
c0119555_1223063.jpg
c0119555_1223790.jpg
c0119555_1224675.jpg
c0119555_1225465.jpg
c0119555_123496.jpg
c0119555_1231250.jpg
c0119555_1232173.jpg
c0119555_1232913.jpg
c0119555_1233874.jpg
最後は、期間中当場所限定の菊花紋入り薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)で抹茶(600円)をいただき御苑を後にしました。
c0119555_1235829.jpg

[PR]
by fushimi_no_occhan | 2009-04-25 11:56

PCで描いてみました (その6 御室 仁和寺仁王門之圖 ) (2009年04月24日)

京の桜便り2009、最後に訪れた御室の仁和寺さん。その威風堂々の瓦葺入母屋造り重層、五間三戸仁王門(重文)を’PCで描いてみました’<その6>でご覧いただきます。この仁王門は江戸期に第3代将軍徳川家光の寄進により建立され左右に金剛力士が安置されています。京の三大仁王門の一つといわれています。二例のご案内です。(画像クリックで拡大がご覧いただけます)
c0119555_22542632.jpg
c0119555_22543998.jpg

[PR]
by fushimi_no_occhan | 2009-04-24 22:56

京の桜便り2009 (御室 仁和寺 御室桜 ) (2009年04月24日)

c0119555_1511242.jpg
京の桜便り2009もいよいよ最終段階です。超遅咲きで、特長は樹高が低く(人の背丈の1.5倍程度)、樹木の付け根から枝分かれしている独特な樹形で、満開時はその付け根付近から樹高いっぱいに花をつける独特の形状で有名な「御室桜」。真言宗御室派大本山、大内山と号す仁和寺(「旧御室御所」)さんの中門奥の桜苑の桜は、市内各所の桜がほぼ一巡した最後に満開を迎える名残の桜として、4月中旬以降が見頃となります。今年の訪問はグッドタイミングで快晴のもと見頃最盛期を通ったところ、散り開始と言った状態でした。樹高が低いため満開時は桜苑全体が雲海が立ち込めたようになります。その上に塔の頂部を見せる五重塔をカメラに収める定番のスポットは相変わらず賑わっていました。また参道両側には、紅八重桜、鬱金桜(黄桜)や御衣黄桜などの珍種も咲き誇っていました。
c0119555_15111539.jpg
c0119555_151125100.jpg
c0119555_15113264.jpg
c0119555_15114074.jpg
c0119555_15114929.jpg
c0119555_1512168.jpg
c0119555_15121541.jpg
c0119555_15122457.jpg
c0119555_15123355.jpg
c0119555_15124146.jpg
c0119555_15124986.jpg
c0119555_15125942.jpg
c0119555_1513722.jpg
c0119555_15131620.jpg
c0119555_15132492.jpg
c0119555_151342100.jpg
c0119555_15135279.jpg
c0119555_1514133.jpg
c0119555_151496.jpg
c0119555_15141783.jpg

[PR]
by fushimi_no_occhan | 2009-04-24 10:11