元は浄土宗の高松山往生院と号すお寺さん。「平家物語」の平清盛の寵愛を受けた白拍子祇王と仏御前が出家し入寺し、以降尼寺となり、いつしか悲恋の尼寺、祇王寺とよばれるようになります。その後の往生院は衰退荒廃、明治初期には廃寺となっています。残った墓と仏像は、旧地頭大覚寺が保管管理されていましたが、1895(明治28)年元京都府知事北垣国道氏の嵯峨の別荘が大覚寺に寄進され、これを受け再建されたのが現在の祇王寺です。これ以降祇王寺は大覚寺支配の塔頭寺院となっています。このお寺の歴史的経緯である悲恋祇王の物語から、多くの女性に支持されている尼寺です。初夏の庭園の苔、秋の紅葉、特に晩秋の散り紅葉が見事です。
by fushimi_no_occhan
| 2010-12-12 10:16
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